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名古屋高等裁判所 昭和27年(ネ)152号 判決 1960年10月15日

控訴人 山一化学工業株式会社

被控訴人 同和火災海上保険株式会社 外一名

主文

本件控訴は之を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、控訴代理人は「原判決を取消す。控訴人に対し被控訴人同和火災保険株式会社(以下単に同和火災と称する。)は金百五十七万四千五百三十円二十八銭、被控訴人大正海上火災保険株式会社(以下大正火災と称する。)は百四万九千六百八十六円八十六銭及夫々之に対する昭和二十四年四月十五日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決並仮執行の宣言を求め、被控訴人等代理人は控訴棄却の判決を求めた。

第二、当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出援用、書証の認否は左記に訂正又は補充する外原判決事実摘示と同一であるからこゝに之を引用する。

一、控訴代理人は

(1)  仮に本件保険の各個の目的物の保険金額が確定しておらなくても確定し得べき方法が定まつていたのであるから保険契約は有効に成立しその効力を生じておつたものである。即ち、各保険の目的物の保険金額は菅野日出夫が昭和二十四年三月二十七日測定した時価額に按分して割振るか、然らざれば菅野日出夫が測定した右物件の時価に準拠して按分割振をなし、なお当時既に控訴会社が訴外日新火災海上保険株式会社(以下単に日新火災と称する。)と締結していた第八七六七一号の保険証券を渡され同会社との契約は右の外四件あるが以上五件全部の各物件毎の保険金額はこの第八七六七一号分の夫々二倍であるから之を参考として超過保険とならない様に決定するという合意が成立していたものである。而して、その際各物件の時価額に準拠して按分割振をなした金額と既契約の保険金額の合計額が時価額を超えればその超過額を更に時価額に達していない物件に又時価額に準拠して按分割振をなし超過額がなくなるまで此の操作をくりかえす方法が右基準に最も適合した割振方法と解すべきである。従つて各物件に対する具体的割振が現実になされなかつたとしても各物件の保険金額を決定すべき標準が具体的に定められていたのであるから(之により計算した結果は別表第一の通りであり此の結果は唯一つしか存在せず、乙第二号証の一、二は菅野日出夫が約旨に反して作成したものである。)契約者たる控訴会社は保険者である被控訴両会社に対し右基準によつて定められた保険金額から自動的に計算される損害填補額の請求をなし得るのである。

(2)  仮に昭和二十四年四月九日約定された割振に関する計算が二個以上存するとしても客観的に見て取引観念上正当と認められる右の割振の計算により定められる保険金額から自動的に生れる損害填補額を保険者たる被控訴両会社は契約者たる控訴会社に支払うべき義務があるものというべきである。

(3)  控訴会社は被控訴両会社の代理人たる菅野日出夫に対し割振に関する具体的方法基準を定め之が割振の実施を被控訴両会社代理人をしてなさしめることを約し更に之が割振を昭和二十四年四月十一日まで完了すべきことを約したものである。此の場合被控訴両会社の代理人が約旨に反し同日まで割振をなさなかつたという理由で被控訴両会社が責任を免れるものではない。

(4)  控訴会社が準備していた保険金約十七万五千円は前記(1) 前段の割振基準の約定であつたという主張通りとして計算された保険料金十六万八千六百八十七円六十七銭(原判決添附第一表参照)よりも又前記(1) 後段の割振基準の約定であつたという主張通りに計算された保険料十六万八千九百六十円(別表第二参照)のいずれよりもはるかに多い金額である。而も保険料を計算して昭和二十四年四月十一日までに取りに来るというのであるから債務の履行につき債権者の行為を要する場合に該当し且債権者のなすべき行為につき確定期限の存する場合であるから控訴会社に債務不履行なく被控訴両会社は受領遅滞にあつたのである。

(5)  各物件に対する保険金額の割振額と実損額は別表第一記載の通りであり填補すべき損害額の合計額は同表記載の通り二百六十二万四千二百十七円十四銭であるから被控訴人同和火災はその六十パーセント、被控訴人大正火災はその四十パーセントを分担すべきであり之を計算するときは請求の趣旨記載の通り被控訴人同和火災は百五十七万四千五百三十円二十八銭、被控訴人大正火災は百四万九千六百八十六円八十六銭を夫々負担すべきことゝなると述べ

二、被控訴人等代理人は

(1)  右控訴人主張事実はすべて之を争う。殊に、右(3) の控訴人の主張に対し菅野は独立の商人であつて被控訴両会社の被傭者ではなく又他会社の代理店でもあつた菅野が契約締結前の準備行為につき委任を受けたからといつて被控訴両会社の責任となるべき理由がない。

(2)  本件控訴人と菅野との間には保険をつける相手方を被控訴両会社となす旨の話合は成立していなかつたものである。

(3)  多数の建物と動産を包括し一個の保険金額を以て保険すること並海上保険の場合を除き一般の損害保険の場合に保険金額を確定せず予定又は通知其の他の方法を以てする保険契約の許されないことは商慣習否商慣習法というべきである。(前者には特殊の例外があるが本件の場合はその場合に該当しない。)従つて右の如き商慣習又は商慣習法に反する各個の保険目的につき保険金額を定めることなく包括的に之を定める契約が締結せられる筈がない。本件の場合各個の保険目的に定められるはずの金額が保険金額であつて三百二十八万円というのは保険金額決定の目標たる合計額に過ぎない。

(4)  本件の如く数個の物件が保険の対象となる場合には之を一個の保険契約書で取扱つた場合でも業界の実際の取扱においては物件毎に数個の契約が成立するものとしている。従つて、控訴人が本件につき一個の保険契約が成立しその保険金額は三百二十八万円であるとなすのは誤りである。即ち、本件の場合は単に申込と承諾が一回あつたに過ぎないのであつてその意思表示には各物件毎に保険契約を成立せしめようとする意思が表示せられて居り物件毎に数個の契約が成立する関係にあつたのである。仮に之を保険物件毎に数個の請求権を含む一個の保険契約と解してもその保険金額は三百二十八万円であるから保険金額は確定していたものとなすことが出来ない。何となれば、保険事故が発生した場合に填補金を算定する基準をなすものは各物件毎の保険金額であつてその総額である三百二十八万円ではない。(このことは保険物件の一部が罹災した場合を考えれば明である。)従つて、填補金算出の基準としての役割を果さない三百二十八万円という金額は例令この保険契約を一個と解しようとしてもやはり保険契約における保険金額と認めることが出来ないからである。

(5)  各個の物件に対する保険金額が未確定である以上火災保険契約は不成立である。本件の場合控訴人と菅野の間に昭和二十四年四月九日或程度の話合があつたとしてもその際保険金額を確定しなかつた以上それは予備的交渉乃至予約に過ぎず本契約の締結とは認められない。殊に保険金額の決定については控訴人から菅野に参考にせよとして示されたと称するものが日新火災との既契約五件の内一件の保険契約書に過ぎずその内には保険金額の零のものや本件契約物件の中記載のないものもある。之等のものについてどうするかについて話合がなされていない。又時価額によつて按分すると超過保険となるものが生じ超過となつた分については之を他の物件に再配分するについて何等の話合がついていない。之等の点について菅野は自由裁量の余地があるわけである。元来保険契約者が保険をつける場合には物件の危険度や重要度を考慮して各保険物件の保険金額を定めるのが通例であり殊に本件の場合は松根油製造工場という火災危険度の高い工場で各建物によつて危険度が相異するので保険金額の配分には各建物の危険度を重視する必要がある。されば控訴人と菅野の間の話合は本件については既契約もあることであるから超過保険とならない様各保険物件の時価額と既契約での保険の付け工合をよく考慮し保険金額を配分するようにということでこのような大きな枠の内で保険申込者が通常保険をつける場合に考慮する各種のフアクターをも考に入れて菅野が適宜決定するという菅野に自由裁量の余地を与えたものと認められるのである。而もそれは余人が勝手になし得るものではなく菅野のみがなし得るところであり菅野が罹災のときまでにその決定をなさなかつたのであるから契約は不成立である。のみならず火災保険契約においては保険期間を定めて契約を締結することになつているが保険金額が未確定では保険者が具体的に危険負担をする所謂責任期間であるところの保険期間を定めることが出来ないから此の面から考えても契約は不成立といわざるを得ない。

(6)  三百二十八万円を各保険物件の時価額により比例按分した額を以て各物件の保険金額とする契約が成立していたものであるという控訴人の主張は之を否認する。若し、保険金額がそのようにして定められるものとすれば控訴人が菅野に対し既契約を参考にせよといつて日新火災との既契約の一保険契約書を示したことも之を参考に保険金額を適宜決定せよといつたことも無意義となる。のみならず、既契約との関係上超過保険となるものを生ずることゝなるしその超過分を一部保険となつている他の保険物件に比例再按分すると保険契約の各保険物件毎の保険金額は各保険物件の時価額に対し按分比例を保たないことゝなる。更に若し三百二十八万円という額を各保険物件の時価額により比例按分した額を以て各保険物件の保険金額にした場合には各物件の火災危険度や控訴人に対する重要度が全く無視されて保険に附せられることゝなり実際の慣例に反する。其の他菅野が保険金額決定に際し参考にせよと示されたと称する日新火災との既契約の証第八七六七一号契約も各保険物件の保険金額は各物件の時価額とは按分比例になつていないし罹災後に菅野が作成した保険金額の配分表(乙第二号証の一、二)の保険金額の配分並それによる保険料や同じく罹災後に菅野が作成した保険料入金報告の保険料は時価額按分の方法で保険金額を定めた場合の保険金額やそれに基く保険料と著しく相違する。

(7)  仮に保険金額割振の標準として控訴人主張の様な各条件が定まつていたとしてもそれ等の条件から控訴人主張の如き数字のみが生ずるに決定しているのでないのは勿論控訴人はむしろその条件の趣旨に副わない計算方法をなしている。即ち本件工場建物十棟には全部に日新火災の保険がついていることは確実な事実である。然るに、控訴人は日新火災の第八七六七一号の契約書に記載のない物を無保険として計算しているのは不当である。第八七六七一号の契約書に記載のないのはむしろ他の四件で十分に保険がついているからであると認めるのが妥当であつて無保険として計算出来ない。又日新火災の保険金額は第八七六七一号の契約に記載したものゝ約二倍というのであつて丁度二倍というのではないから控訴人が丁度二倍として計算しているのは不当である。

(8)  仮に保険金額をある方法で後日確定するという契約があり得るとしても保険金額はおそくとも保険事故発生のときまで確定していなければならない。而して、本件の場合には昭和二十四年四月十五日罹災のときまでに菅野が割振をなさず各保険金額が未確定であつたのであるからこの点から見て填補責任は発生しない。のみならず本件の場合において菅野が現実に割振をなさない限り保険の目的自体も未確定となるのである。即ち十棟の建物全部が保険の目的となることにきまつているのではなく菅野が之に保険金額を割振ることによつてその内幾棟かが保険の目的となり幾棟かが無保険となり得るのであるから菅野が現実に割振した結果を見なければ保険の目的を確定し得ないのである。従つて罹災したとしても被保険利益が不特定の状態では填補責任を発生せしめ得ない。

(9)  控訴人は割振可能というもそれは菅野が割振可能というに止まり菅野が実行しなければ保険目的、保険金額は確定するに至らないこと勿論である。

(10)  菅野が決定した保険金額については更に控訴人の諒承を得る必要があつたのである。

(11)  仮に契約が成立していたとしても菅野は右の如く保険金額を決定することを効力発生要件としていたのである。何となれば、各物件の保険金額が現実に確定せざる限り保険者としては右契約に基く給付内容たる危険負担の内容が確定せずその義務を履行するに由ないからである。而して、菅野は前記の如く本件事故発生までに保険金額を確定していないから本件契約は効力を発生していないのである。

(12)  菅野が右の如く保険金額の決定をなすのは単なる事実行為ではなく契約両当事者の利害関係に大きな影響を与える法律行為であり従つてこの様な話合は正に民法第百八条に該当しその効力を認められないのである。特にこのような立場にある菅野が保険事故発生後においてこの様な保険金額を決定することは契約の一方当事者たる保険者の具体的給付である填補金の額を左右するもので当事者の利害関係に影響するところ極めて大であるので民法第百八条の趣旨に照してこの様なことは到底認められないこと明であると述べた。

三、控訴代理人は右被控訴人主張事実中菅野が保険事故発生の日まで保険金額の割振をなさなかつた事実は之を認めるがその余の事実は之を争う。殊に、既契約の日新火災の証書番号第八七六七一号の契約証書の保険目的明細書中第八号及第九号の工場の保険金額が零となつて居りしかも但書に「8、9号は11号並13号の目的収容建物として表示す。」と記載して右は単に保険の目的物件を収容する建物として表示したものに過ぎないことが明示されていることに鑑みるときは第八号及第九号の工場は日新火災の既契約において保険の目的となつていなかつたものと見るべきであり又新保険の目的物件中第十号の第一加工工場は既契約の右証書の明細書中に記載されておらないのであるから日新火災との既契約においては保険の目的となつておらなかつたものと解するのが正当である。けだし割振の基準としては各物件の時価額に準拠して按分割振をなすこと、但し日新火災との既契約五件の中右第八七六七一号の一通の証券を示し各物件の保険金額は此の証券の保険金額の二倍として超過保険とならない様に割振るというのであるから他の証券で右の点がどの様になつていたかは問題とすべきでないからである。従つて、菅野には自由裁量の余地がなく何人が扱つても同一の結果となるわけである。又時価額によつて按分すると超過保険となるものが生じその超過分を如何に再配分するかの問題についても控訴人主張の方法が最も右基準に合致し当事者の合意にも副うものということが出来るのであると述べた。

四、立証として控訴代理人は甲第八号証を提出し証人菅野日出夫、同菅野義雄の尋問を求め鑑定人野津務鑑定の結果を援用し乙第七、十一号証、同第十二、十三号証の各一乃至三の成立を認めた。

被控訴人等代理人は乙第十二、十三号証の各一乃至三を提出し証人堀博の尋問を求め甲第八号証の成立を認め同第四、五号証を利益に援用した。

理由

原審(第一、二回)並当審証人菅野日出夫の各証言及原審における控訴会社代表者の供述成立に争のない甲第二号証(乙第三号証)によれば控訴会社が被控訴両会社の代理店である菅野日出夫(菅野日出夫が被控訴両会社の代理店であることは当事者間に争がない。)との間に昭和二十四年四月九日控訴人主張の物件につき保険金総額三百二十八万円の火災保険に附し被控訴両会社の責任分担額は被控訴人同和火災においてその六十パーセント、被控訴人大正火災においてその四十パーセントとする。保険期間は昭和二十四年四月九日から一ケ年、保険料は菅野日出夫が各個の保険目的物に保険金額の割振をなした上保険料を算出し同年四月十一日控訴人方へ集金に赴く旨の約定が成立したことを認めることが出来る。被控訴人等は控訴人と菅野との間右話合の際被控訴両会社を相手方となす旨の話はなかつたものである旨抗争し之に副う如き原審証人早川新一、同笹山規鉅男、同古池隆徳の各証言は原審証人菅野日出夫(第二回)の証言と対比して措信しがたく又乙第十一号証中の「分担アル見込ナルモ金額社名共ニ不明」なる記載も乙第四号証の調査議事(9) の記載と対比しそれのみによつては前記甲第二号証(乙第三号証)記載事項特に(10)(イ)の記載事項の反証となしがたく他に右認定を左右するに足る証拠がない。

控訴人は右の場合各個の物件の保険金額は右保険金総額三百二十八万円を菅野が測定した時価額に按分して割振る旨の約定であつた旨主張し、前記甲第二号証(乙第三号証)原審証人中川作次の証言によれば菅野が右物件の価額につき昭和二十四年三月二十七日測定しその結果を得たことは之を認めることが出来るが右価格に従つて本件物件の保険金額を按分割振る旨の約定が成立したことについては本件全立証によるも之を認めることが出来ないから控訴人の右主張はその理由がない。

控訴人は更に菅野が測定した右価額に準拠しなお当時既に控訴会社が訴外日新火災と締結していた第八七六七一号保険証券を渡され同会杜との契約は右の外四件あるが以上五件の保険金額は第八七六七一号の二倍であるから之を参考として超過保険とならない様に各個の保険物件の保険金額は決定されるという約旨であつたと主張する。而して、前記甲第二号証(乙第三号証)甲第四号証原審(第一、二回)並当審菅野日出夫の証言、原審における控訴会社代表者の供述によれば控訴会社と被控訴両会社の代理店たる菅野の間に本件保険金額総額三百二十八万円は前記認定の菅野が測定した価格に準拠しなお日新火災との間に同額三百二十八万円の保険が存するがその各個の物件の保険金額については控訴人主張の第八七六七一号の保険証券のみを示しその約二倍であるから之を参考としてなるべく超過保険とならない様菅野が各物件につき適宜決定するという話合が成立していたことを認めることが出来他に右認定を左右するに足る証拠がない。而して、右に所謂菅野が測定した価格に準拠するという語義は必ずしも控訴人主張の如く右価格と按分比列と解しなければならないものでもなく単に之を保険価格と見るという意味にも解せられるし又前記の如く日新火災に附せられた保険の各個の物件の保険金額は第八七六七一号の金額の約二倍というのであつて適格に二倍でない点と成立に争のない乙第十三号証の一乃至三によつて認められる如く実際問題として保険金額を決定する場合には各物件の火災危険度や保険契約者に対する重要度等が相当の意味をもつている事実と「適宜決定する」という言葉をあわせて考えるときは各個の物件の保険金額決定については被控訴人等の主張する如く右の如き既契約もあることであるからなるべく超過保険とならない様各保険物件の時価額と既契約での保険の付け工合をよく考慮し保険金額を配分するようにということでこのような大きな枠の内で保険申込者が通常保険をつける場合に考慮する各種のフアクターを考慮に入れて菅野が保険金額を適宜決定するという菅野に自由裁量の余地を与えていたものと解するのが相当である。

控訴人は本件保険の目的に対する保険金額の割振は計算によつて自動的に一定の金額が出てくるものであつて確定し得べきものであると主張する。然しながら前段説明した如く菅野は一定の範囲において裁量の余地を有していたものと解するのが相当であつて原審証人菅野日出夫(第一回)の証言によつて成立を認めることが出来る乙第二号証の一、二によれば菅野が現に控訴人の主張する基準とは異つた割振をなしていることが認められる。原審(第一、二回)並当審証人菅野日出夫の証言中控訴人の利益のために同人の独断で基準と異つた計算をしたものであるとの証言は措信しない。尤も前記第八七六七一号に保険金額零のものや又之に記載のないものゝ取扱については控訴人主張の如く取扱つてよいだろうし又時価額に準拠の意味を時価額に按分比例と解した場合に配分された保険金額が時価額を超過した場合その超過額の再配分に関する処置についても控訴人主張通りに取扱つてよいであろう。それにも拘らず前記の約定が控訴人主張の様な解釈以外の解釈をいれる余地がないと断ずることが出来ないものと解する当審鑑定人野津務の鑑定の結果は右と異なる見解に基くものであるから採用しない。尚甲第四号証に割振可能とあるのは菅野が割振をなせばなし得るという意味に過ぎないから前記判断を左右することが出来ない。

そうすると、本件保険の各個の目的物の保険金額は菅野の割振によつてはじめて確定するものといわねばならない。而して、保険金額の確定は保険契約の重要な要素といわねばならず之が確定し得べきものでなければ保険契約の予約又は準備契約としてはともかく保険契約そのものとしては成立しないものといわねばならない。のみならず当審証人林博の証言成立の争のない乙第十二号証の一乃至三によれば保険業界における商慣習として保険金額を確定せず予告又は通知其の他の方法による保険契約を認められていないこと、本件契約当事者も右商慣習に従う意思であつたことが認められるから保険金額の確定しない保険契約は保険契約としては成立していないものといわねばならない。

控訴人は割振に関する計算が二個以上存するとしても取引観念上正当と認められる保険金額から自動的に生れる損害填補額を請求し得るものであるというが控訴人主張の割振方法を以て取引上妥当とし前記判断を以て然らずとなすことが出来ないから控訴人の右主張もその理由がない。

控訴人は更に本件保険契約は一個であり保険金額は三百二十八万円と確定していたのであるから保険の各個の目的物につき保険金額の割振がなされなくても保険契約は有効に成立すると主張する。然しながら原審証人菅野日出夫(第一、二回)の証言前記乙第十二号証の一乃至三原審における控訴会社代表者本人尋問の結果並成立に争のない甲第二号証によれば菅野及控訴会社は保険の各個の目的物につき保険金額及保険料を定むべきことを約していたのでありそれが又保険業界の商慣習であることが認められるから仮令本件保険契約が一個の意思表示の合致によりなされ法律上一個の保険契約と解せられるとしてもそれは集合保険ではなく個別保険類似の保険と解せられるから保険の目的の各個につき夫々保険金額を定めることを要するものというべきである。けだし集合保険でない限り保険の目的物の各個につき保険金額を確定しておかなければ数個の目的物の中一部が罹災した様な場合にその損害填補額の決定が著しく困難となるからである。従つて、本件の場合においては保険の目的物に対する各個の保険金額を確定しなければ仮令保険金総額が確定していても保険契約は成立しないものといわねばならない。

而して、右の場合割振はおそくとも保険事故発生までになされるべきものである。何となれば保険事故発生後に確定してよいというのであれば菅野の自由裁量により保険事故発生後に故意に当事者の一方に不利な割振をなすおそれがあるからである。

然るに、本件保険の目的物が昭和二十四年四月十五日罹災したこと、その当日まで菅野が割振をなさなかつたことは当事者間に争がないから被控訴会社は控訴会社に対し保険金支払の義務がないものというべきである。

控訴人は被控訴人側の管野が昭和二十四年四月十一日までに割振をなすべきことを約しながら之をなさず契約不成立に終らしめたのであるから被控訴人等は保険金支払義務を免れないと主張する。然しながら若し被控訴人等が菅野を代理人として使用したのであれば控訴人は被控訴人側の契約締結上の故意過失に基く損害賠償を請求するは格別契約が成立せざる以上本件保険金の請求をなすのは失当というべきである。

されば、爾余の争点について判断するまでもなく被控訴人等は控訴人に対し本件保険金支払義務がないこと明であるというべきである。

以上の理由により右と同趣旨の原判決は正当であるから本件控訴を棄却し民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条第九十五条を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 県宏 越川純吉 奥村義雄)

別表第一 計算書<省略>

別表第二 計算書<省略>

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